佐賀・吉野ヶ里遺跡へ行ってきました。
先週の木曜日は、住宅医スクールの開講日。次の日は夕方の飛行機だったので、佐賀・吉野ヶ里遺跡へ行ってきました。
博多から吉野ケ里公園まで、一時間程度です。
快速?急行?に乗車して、鳥栖駅で普通に乗り換えるとすぐでした。新幹線や特急という手もありましたが、15分ほどしか変わらないようです。
よしのがりこうえんに到着。
看板がシンプル。
駅に地図がありました。
遺跡と公園が一緒になっているようです。
さて、この先に入場ゲートがあるようですが、そんな気配がありません。
看板は、この道をまっすぐとなっています。でも、誰も人がいません。少し不安。
看板の案内をみつつ、歩いていくとなんとか東口に到着。徒歩15分ぐらいでした。今日に限って、炎天下です。
詳細な地図がありました。
広すぎて2時間ほどで回れるのか疑問でしたが、集落ゾーンは、この地図の下半分です。
ここからまだ入場改札までそこそこあります。10-15分も歩いてきたのに、まだ入場改札まで歩かないといけません。
結果的に、駅から入場改札まで徒歩20分ぐらいかかっていそう。
とりあえず、疲れたのでゲート手前の歴史公園センターで昼ごはん。貝汁定食です。
公園内は、昼食をとれるところはないようです。
さて、入場券を買い、ゲートをくぐり最初に出会うのは、逆茂木です。
しばらく歩くと、物見櫓が見えてきました。圧巻です。
遠足なのか、小学生がたくさん見学に来ていました。
竪穴式住居です。看板には、誰が使用するのか書いてあります。ここは大人の妻の家です。
中に入ると、こんな感じ。少し掘り下げて床と腰まで土でつくられています。屋根は、茅葺きです。
思ったより涼しげです。ただ、かび臭?なのか少し臭気もありました。
物見櫓に登ってみました。素晴らしい景色。
先程の竪穴式住居を上から眺めています。
柱と登り梁をズラしている小屋組が面白い。
構造材は、まっすぐ綺麗に切れるのこぎりがなかったため、すべて、なぐり仕上げになっています。
棟木を柱2本でうけ、登梁2本を流しています。
次に現れた、この建物は主祭殿です。高さは16.5mあるそうです。
上階にいる巫女からのおつげを待っている様子。
熊本地震で被害があったのか、案内の方に聞くと、「ありません!」と一言。「貫が効いているんだ!」ということでした。
地震で「貫の楔が外れていない?締め直した?」と質問すると、「クギでとめているのではずれない」とのこと。
たしかに、クギで留っています。
それにしても、この建物は圧巻です。パワーを感じます。さすが祭殿。
この地面に埋まっている卵型の陶器は甕棺です。亡くなられた方を埋葬し蓋をするようです。
いくつも発掘されたようで、横にある建物には、この遺跡が実物大で保存展示されていました。
高床式の供物蔵(くもつくら)もありました。板床付近の柱には、動物返しもついています。
先ほどは切妻屋根だったのですが、これは入り母屋です。入り母屋部分から光が入り込んでいます。明るいし、風も通る。
入り母屋は、切妻や寄棟から進化した屋根形状だったのでしょうね。
稲藁もぶら下げてありました。雨に当たらないのがいいですね。
これは、スプリンクラー設備。
火事になるとまずいので、それぞれの建物にスプリンクラー等の消火設備、警報機などが設置されています。
遺跡は、2時間ほどで見学できました。昔は、こんな風景が広がっていたと思うと、今の近代的な景色は・・・。
そういえば、前日の住宅医スクールでハチセの西村さんが、八坂神社からの景色を、今と昔で比較されていました。
昔は、1~2階建ての瓦屋の建物の中を、祇園祭の鉾が巡行していたと思うと、今はなんだか寂しさを感じます。
さて、帰りも20分ほど歩いて駅まで帰ります。
到着すると、無料の休憩所があったので、そこでゆっくりしていると、外国の方が自転車を返しにきていました。
看板には無料レンタル。。。しまった・・。どおりで、誰も歩いていないはずです。
なぜか、休憩所にガンダムの顔面が展示されていました。
15時頃、吉野ケ里公園を出発し、福岡空港へ。フライトは、17時30分。
伊丹まで約70分です。
伊丹~福岡は、飛行機に乗る方が多いのか、座席数が多かったです。
気になる費用は、往復の飛行機+博多駅前のホテルで22000円でした。新幹線よりお得です。